News and Announcements [in Japanese]
地磁気センターニュース
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地磁気世界資料解析センター News No.124 2010年11月30日
1.新着地磁気データ
前回ニュース(2010年9月30日発行, No.123)以降入手、または、当センターで入力したデータの
うち、オンラインデータ以外の主なものは以下のとおりです。
オンライン利用データの詳細は (http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/catmap/index-j.html) を、観測所名の省略記号
等については、観測所カタログ (http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/catmap/obs-j.html) をご参照ください。
また、先週の新着オンライン利用可データは、(http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/wdc/onnew/onnew-j.html)で
御覧になれ、ほぼ2ヶ月前までさかのぼることもできます。
Newly Arrived Data
(1)Annual Reports and etc.(off-line)
NGK (Oct., 2010)、NUR、SOD、HAN、OUJ (Aug. Sep., 2009)
(2)Kp index: (http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/kp/index-j.html)
Sep. - Oct., 2010
2.AE指数とASY/SYM指数
2010年10月分までの1分値ASY/SYM指数 (http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/aeasy/index-j.html) 、および2010年
9月分までのProvisional AE指数 (http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/ae_provisional/index.html) を算出し、ホーム
ページにのせました。
3.地磁気速報値ページのリニューアル
当センターでは、地磁気擾乱度合いのモニターや地磁気指数の算出のため、世界11か国・約35ヶ所
の地磁気観測所から地磁気1分値データを準リアルタイムで受け取っています。そのうちデータが公開
可能な約25か所のデータについて、リアルタイムプロットをホームページから公開してきましたが、
この度表示方法を改良し、世界中の地磁気変動が一瞥できるようになりました。地磁気擾乱の現状把握
などにご利用ください。(2010年5月以降のデータについて改良表示が行われています。)
http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/plot_realtime/quick/index-j.html
<2010年11月21日の地磁気速報値ページ。各プロット(サムネイル)をクリックすると拡大表示される。>
4.天籟を捉える −刈谷におけるinfrasoundの観測その2−
(1) 新しいマイクロホン・トリパタイト
ニュース123号では1辺が数kmのマイクロホン・アレイを用いた観測について概要を述べた。このアレイ
は中国の核実験をはじめとして多くの興味あるinfrasound を捉えたが、トラブルが頻発してメインテナン
スが追いつかなくなったため、1982年で見切りをつけ、代わって愛知教育大学構内に新たにやや小さなアレ
イを設置した。センサーもより安価で故障の少ない米国GUS社のGLOBE100Cに変更し、さらにアナログデー
タレコーダーを備えて一応観測装置らしい体裁が出来上がった。稼動を始めたのは1984年4月である。新
たに設置したアレイをFig.1に示す。
<Fig.1: 愛知教育大学構内に設置
したマイクロホンアレイ>
3つのセンサーからの出力信号はケーブルによって記録
室に伝送され、水晶時計の発生するタイムコードと共に磁
気テープ及びペン書きレコーダーに常時書き出される。
ペン書きレコーダーの記録を見ると、通常は風のノイズ
と見られるでたらめなトレースが続いているが、infrasound
信号が到来すると3つのマイクロホン出力がほぼ同じ波形
を描くので、それと知ることができる。これによって磁気
テープの該当する部分を選び出して別のテープにコピーし
て保存し、元のテープは再利用に回される。
シグナル到来の判定が人間の目のパターン認識によって
いるため、信号検出のために毎日大量の記録に目を通す必
要がある。注意力と忍耐力を要する作業である。
(2) 桜島の噴火によって発生したinfrasound
刈谷から約708kmにある鹿児島県の桜島火山はこの頃盛んに山頂噴火を繰り返しており、これによって発生
したinfrasoundがしばしば刈谷で記録されている(Tahira, 1982)。一例をFig.2に示す。
<Fig.2:桜島の噴火によって発生したinfrasoundの例>
これは1987年11月11日03時40分(JST)から始まる記録である。図中に(A),(B),(C), (D) とマーク
したように、03時49分50秒を筆頭に明瞭に分離された4つの波群がほぼ1.5分間隔で記録されている。
到来方向はいずれも桜島の方角とほぼ一致する。調べてみるとたしかに桜島は03時14分に山頂爆発を起
こしており、これが発生源であると考えることができる。ただし、これだけの短時間に桜島が複数回爆発
した形跡はない。このことはinfrasoundを長距離伝搬させるダクトが大気中層〜高層に4種類形成されて
いることを示していて、より高い高度で折り返してきた波ほど「回り道」をするため到来が遅くなるもの
と解釈される。
その伝搬が幾何光学的な屈折の法則に従うと考えると、ダクトの形成は大気層の高温域、すなわち熱圏と
上部成層圏が基本的にその役割を担うことになるが、これに伝搬方向の風の効果が加わって様々な様態が生
まれてくる。上部対流圏は低温域であるから一般的には地表との間にダクトが形成されにくい領域であるが、
冬季の日本列島上空においては強い西風のジェット気流が存在し、これが加算されることによって東方向へ
の実効的な音速が大きくなり地表との間に強力なダクトが形成さ れる。桜島から刈谷への伝搬については、
冬季はこのダクトが主要な役割を果たす。
大気中層、高層の風は明瞭な季節変化をするので、これに従って刈谷で記録される桜島のinfrasoundは
はっきりした季節変化を示す。観測をしていると、季節の移り変わりを感じ取ることができ、あたかも1つ
の風物詩のような趣さえ感じさせる。
ただしInfrasoundはいつもそのような長閑な存在であるわけではない。時として人間の命を脅かす激し
い現象に伴うものも到来する。大規模な火山噴火がそのひとつである。1986年の伊豆大島噴火の時には、
初期の噴泉状態(11月17日)から全島民の一斉避難を余儀なくされた最大噴火段階(11月21日)までの
経緯を刈谷の装置はつぶさに捉えていた(田平他,1990)。噴火の形態が変化していくのに伴い、刈谷で観
測されるinfrasoundの波形が変化していく様子が観察された。また20世紀最大といわれたフィリピンのピ
ナツボ火山の際には、いくつかのエピソードに続いて、最大噴火の時の様子が約10時間連続的に記録され
た。(Tahira, et al.,1995)。このような火山の大噴火の際には現地の観測機器は火砕流によってことごと
く破壊され、噴火活動の記録が残らないことが多い。そのようなときでも、遠隔地のinfrasoundは電離層擾
乱の観測などとともに噴火活動を記録する数少ない手段の一つとなり得る。
(3) AIRS(Automated Infrasound Recording System)
信号到来の有無を人間がペン書き記録を見て判断するという方法によっていると、信号の見落としが避け
られない。この問題を解消するために、パソコンを用いて自動的に信号の有無を判別するシステムの構築が
当初からの夢であった。1991年になってパソコンが十分な処理速度を持つようになってきてようやくそれ
が実現した。これを我々はAIRS (Automated Infrasound Recording System) と呼んでいる。
<Fig.3 :Ring-Bufferのイメージ>
その原理は概略次のようなものである、刻々と入ってくるマイ
クロホンの出力をいったんFig.3のような3つのセクションをも
つリング状のバッファに格納する。各セクションは2分間のデー
タを記憶することができる。1つのセクションが一杯になったら
次のセクションに進み、3つのセクションが一杯になったら順次
上書きしていく。1つのバッファセクションがデータで満たされ
たら、直ちに当該のデータについて3つのマイクロホン出力間の
相互相関係数を計算し、それらの最大値の平均がある閾値(ここ
では0.6とした)以上となった場合には、信号ありと判断してハ
ードディスクに書き出す。
その作業を2分以内に終えて、次のセクションのデータ解析に移る。こうして2分単位で信号の有無を判別
し、2分単位のデータファイルが作成される。信号が2分以上継続して到来している場合は次々とデータが
appendされて長いファイルが作られる。前回のニュースで触れられているとおり、AIRSの導入以後、捕捉
されるイベントの数が激増した。
(4) 奇妙な信号
1984年の観測開始から観測終了近くまで、ずっと我々の頭を悩ましていた不思議なシグナルがある。例
として2004年3月24日と25日に記録されたものをFig.4に示す。
<Fig.4:刈谷で頻繁に記録される気圧変化>
いずれも気圧が緩やかに上昇した後やや急激に下降し、その後回復するという特徴的な変化を示す。継続
時間は40秒程度、振幅は0.5Pa(p-p)以下である。多いときは1日に4〜5回記録されるが、夜間に現れるこ
とはまれである。到来方向は南東〜南で、何よりも奇妙な点は水平位相速度が150m/s前後と音速に比べて極
端に遅いことである。このような「波」があるとすれば、これはいかなる素性のものか。観測開始以来この
難問に苦しみ続けた。
まもなく観測を終えようという2004年になってふとしたことから答えが見つかった。
愛知教育大学のキャンパスは、名古屋空港(現・県営名古屋空港)に着陸する旅客機の進入経路に当たって
おり、高度を1600ftくらいに下げた多くの旅客機が毎日マイクロホンの上空を通過していく。旅客機の重量
を支えているのはもちろん大気であり、大気はその加重を地表に転嫁している。従って、航空機が通過する
際にはその直下の地点を中心としたある範囲の気圧を増大させ、その圧力変化が航空機の移動によって位置
を変えていく。これがあたかも「波」が伝搬していったように見えているのではないかと思い当たった。さ
っそくキャンパスの上空のビデオ撮影を行ってみた。その結果、航空機が大学キャンパスの上空近くを通過
して名古屋空港の方向に飛んでいく様子がしばしば撮影された。Fig.5にその例を示す。
<Fig.5: 愛知教育大学の上空を北西方向に飛ぶ航空機
の写真(2004年13時13分12秒から1秒ごとのショット)>
この写真は2004年3月25日、13時13分12秒から始まる
1秒ごとの航空機の写真を重ねて表示したものである。
この時刻はFig.4の下の図に示したinfrasoundの発現時刻
とよく一致する。2005年2月17日に中部国際空港が開港し、
刈谷上空を進入する航空機はほとんどなくなった。これに
ともなってこのシグナルは途絶えた筈であるが、残念なが
らこのときはすでに愛知教育大学のinfrasound観測は終了
した後であったので、確認はとれていない。詳細な解析結
果は別途公表すべく準備中であるが、infrasoundの観測で
は必ずしも「波」として伝播してきたものだけでなく、何
かの移動体によって発生する気圧変動が見かけ上「波」の
ような様相を持って現れることもあるという教訓をこの経
験は残してくれた。
(5) おわりに
信号検出の自動化は、観測開始以来の夢であったが、実際にこれが実現してみるとこれには思いがけない
落とし穴もあることを知った。AIRSの時代になってからは毎日大量のデータが自動的に蓄積されており、
これらを検分する作業が追いつかなくなったことである。目視でシグナルの検出を行っていた頃の方がむし
ろさまざまなイベントに対して愛着や新鮮な驚きを感じていたような気がする。効率化によって大量に蓄積
されるデータを十分に活用するにはこれまでとは異なる手法や考え方が必要であると感じている。
失敗談ばかりになった嫌いがある。「天籟」という言葉には別に「詩文などの円熟してすぐれているたと
え」という意味もあるとのことである。さらなる汗顔を覚えつつ擱筆する。
文献
Tahira, M.(1982), A study of infrasonic wave in the atmosphere (II) Infrasonic waves generated by
the explosions of the volcano Sakura-jima. J.Meteor.Soc.Jpn, 60, 896-907.
田平誠、石原和弘、鵜飼悦子(1990), 伊豆大島1986年、1987年噴火に伴い愛知県刈谷市で観測されたインフ
ラソニック波.火山,第2集第35巻,p11-25.
Tahira, M., M.Nomura, Y.Sawada and K.Kamo, (1995), Infrasonic and acoustic-gravity waves generated
by the Mount Pinatubo Eruption of June 15, 1991. Fire and Mud: Eruption and Lahars of Mount
Pinatubo, Philippines, Washington Unv. Press, 601-613.
田平 誠 (愛知教育大学名誉教授)
5.「OHP、SSP、そしてNOMan:海半球計画の新展開」
「海半球」という言葉は、科研費創成的基礎研究のプロジェクトで太平洋域に総合的な地球物理観測ネッ
トワークを建設しようという提案をする時に、当時のプロジェクトリーダーであった、深尾先生や浜野先生
による造語です。プロジェクト名を英語でOcean Hemisphere Project (OHP)としたら、nativeのGellerさん
から「Ocean ではなくPacificでしょう」とコメントがありましたが、結局OHPのままになりました。理由は
よくわかりませんが、PHPになるのが気に入らなかったのかも知れません。さて、今ではなくなってしまっ
た創成的基礎研究という科研費の種目には、これを実施するために10年時限のセンターの設置が認められ
るという、ありがたい「おまけ」がついていました。私が現在所属しているのが,その時(1997年)できた
海半球センターです。文科省との約束では10年で無くなるはずでしたが、その間に大学の法人化があった
ため、多くの同じ境遇のセンターと同様の経緯を経て現在に至っています。
当時の世界情勢を振り返ると、地震学分野ではグローバルな広帯域地震観測網が世界各地でつくられ、全
マントルのトモグラフィーが盛んに行なわれつつありました。しかし、観測網は陸域に偏しているので、太
平洋を中心にした海半球の部分に本格的な観測網をつくろうというのがOHPでした(1)。電磁気学分野でも太
平洋に観測所が少ないという事情は同じでしたが、観測を行なったところで,地震波トモグラフィーと同じ
様な解析はこの世に存在していませんでした。ここを何とかしないと、早晩地震学の仲間から見捨てられる
ことは確実だったわけですが、幸い小山崇夫君(地震研)という優秀な学生を得て、OHP の終わる頃には
海半球下のマントル遷移層の三次元電気伝導度分布を求めることができました(2,3)。また、藤さん(現京大理)・
島さん(神戸大)・後藤さん(現京大工)の力を得て海底電磁力計(OBEM)(4)が、地震研の金沢先生や塩原さん
によって広帯域海底地震計(BBOBS)が台数も揃って実用的になったこともOHPの重要な副産物でした。
さて、海半球センターは「科研費のプロジェクトを実施するためのセンター」と位置づけられるため、そ
れ自体にはあまり予算はついていません。一方、OHPは海底掘削孔内に地震計を設置するなどの大型で高価
な観測装置を扱うプロジェクトなので、センターにはいずれも研究にかなりのお金がかかる人達が集まって
います。OHPが終了に近づくと、その後のセンターの研究活動のための資金をいかに獲得するかが喫緊の
課題になりました。なかなかよいアイデアが浮かばず、2年空振りしましたが、深尾先生がトモグラフィー
で発見した「スタグナントスラブ」をキーワードにすることで目標が鮮明になり、観測・高圧実験・シミュ
レーションを統合した特定領域を2004年に立ち上げることができました。Stagnant Slab Projectの頭文字を
とってSSPとよびます。なお、領域代表者である深尾先生は、SSPのスタートと同時にJAMSTECに移ら
れ、私が海半球センター長を引き継ぐ事になりました。
SSPでは、OHPで実用化したBBOBSとOBEMをフィリピン海に3年間多点展開して(5)、沈み込んだ太平洋プレート
がマントル遷移層に滞留している様子をイメージングすることを観測グループの目標にしました。正直に言
うと、地震学的にはある程度成果が見込めますが、電磁気学的にはかなり無謀とも思える計画でした。データ
の解析はまだ終わっていませんが、これまでの成果でもOHPでのグローバル解析を裏付ける結果が得られている
ほか、スラブの上、すなわち上部マントルの詳しい電気伝導度分布(6)も明らかにされつつあります(もう一歩
のところ!)。
SSPの観測をする一方で、海半球センターでは2つの技術開発(地震と電磁気)がほぼ同時進行で行な
われていました。次世代型広帯域海底地震計(BBOBS-NX)と地球電場観測装置(EFOS)です(写真参照)。
<海底に設置した直後のEFOS。> <BBOBS-NXの設置後の状況。
見えているのはケーブルを巻いたドラ ほとんど泥に埋まったセンサー(左手前)
ムで、記録計背後にの耐圧容器がある と耐圧容器(右奥)。
(写真左右とも、(独)海洋研究開発機構の探査機「かいこう7000-II」による。)
実は、OHPで実用化されたと言ったBBOBSには問題がありました。上下動はそこそこですが、水平動が例えば陸
上の観測データに比 べるとノイズレベルが高いため、現代の多様な地震波解析手法を十分に適用することがで
きないのです。
地震研の塩原さんらは、記録計や電池を入れる耐圧球とセンサーを分離して設置する方法を考え出し、この
欠点を克服するのに成功しました。一方、EFOSは海底に数kmから10kmもの長さのケーブルを展張することに
よって、S/Nの高い電位差変動観測を行う装置です。2005年には、実際にフィリピン海で約10kmのケーブルを
展張しての試験観測に成功しました。元々はコアのトロイダル磁場に対応する電場の検出を目的として開発
したのですが、マントルの電気伝導度を調べる上でも有効で、特に上部マントル最上部と遷移層に感度のある
周期帯で、ノイズスペクトルがOBEMより1桁も小さくなることがわかりました。両者ともに、これらに匹敵する
性能の装置は世界中でも他に類を見ません。
さて、上に述べたような事情のため、SSPも終盤にさしかかると成果を出す事と並行してそろそろ「次」の
ことを考える時期になりました。しかし、今回はほとんど悩む事無く、BBOBS-NXとEFOSという観測技術に
おけるイノベーションを背景にすること、「ふつうの海洋マントル」というキーワードで行くことが決まり
ました。私としては、マントル遷移層に存在する水の量を地震波と電気伝導度を用いて推定するという問題
に取り組みたかったのです。遷移層の主要鉱物は水の溶解度が大きく、地球表面にある海水よりも多くの水が
遷移層に存在する可能性すらあるため、地球全体の水収支に決定的な意味があるからです。SSPの間に、西
太平洋やヨーロッパの沈み込み帯の遷移層に水がどのくらいあるかの推定ができました(7)が、地球全体を議論
する時には大きな体積を占めるふつうの海洋マントルの情報が必要です。
一方、地震研の川勝さんはOHPの海底掘削孔内地震計のデータを解析して、リソスフェアとアセノスフェア
の境界が地震波速度のシャープな境界になっているということを最近明らかにし、アセノスフェアが軟らかい
原因は部分溶融であると結論しました(8)。プレートテクトニクスが生まれて40年以上経過しますが、アセ
ノスフェアの軟らかさの原因は、諸説あって未だに統一的な理解が得られていません。電磁気的にも大変興
味ある問題です。川勝さんの結果は、この問題に決着をつけたかに見えるのですが、いかにせん、掘削孔と
いう一点で得られた結果にすぎません。これを地震と電磁気の精密観測によって検証し一般化するのを次の
プロジェクトの柱にしました。対象は、海嶺や海溝から遠い、ふつうの海洋マントルです。アセノスフェア
の問題だけを柱に一点突破の計画にするか、遷移層の水と合わせて2課題解決型にするか悩ましいところで
したが、最終的には「両者とも捨て難し」として二本立てで行く事にしました。種目としては、必要な予算
規模から考えて特別推進研究しかありませんでした。
1年目の提案は不採択でしたが、めげずに準備を重ね、2回目で採択されました。NOMan (Normal Oceanic
Mantle)プロジェクトと呼びますが、「海半球計画の新展開」が正式な科研費のタイトルです。
「新展開」とした理由は、SSPはOHPからみると高圧実験やシミュレーションを巻き込む総合化、スタグナント
スラブという対象への先鋭化と理解できますが、NOManは観測のクオリティーが一新されたことによる新た
な研究対象の開拓と位置づけられるからです。最近の大型科研費の課題によく「○○の新展開」というのを
見うけますが、我々のは本当の意味で新展開だと思います。フィールドは日本に近いふつうの海底の代表
として、北西太平洋を選びました。今年の6月から、新型機器のテストを兼ねた小規模な観測を行なっていま
すが、本格的な観測は来年の6月から3年間実施する予定です。
参考資料
地震研究所ニュースレターPlus12号
http://outreach.eri.u-tokyo.ac.jp/outreach/nl_plus/
参考文献
(1)Shimizu, H., and H. Utada, 1999, Ocean Hemisphere Geomagnetic Network: its instrumental design
and perspective for long-term geomagnetic observations in the Pacific, Earth Planets Space, 51,
917-932.
(2)Utada, H., Koyama, T., Shimizu, H., and Chave, A. D., A semi-global reference model for
electrical conductivity in the mid-mantle beneath the north Pacific region, Geophys. Res. Lett.,
30, No. 4, doi:10.1029/2002GL016092, 1194, 2003.
(3)Koyama, T., H. Shimizu, H. Utada, M. Ichiki, E. Ohtani, and R. Hae, Water Content in the
Mantle Transition Zone Beneath the North Pacific Derived From the Electrical Conductivity
Anomaly, AGU Geophys. Monogr. Ser., 168, 171-179, 2006.
(4)Seama, N., K. Baba, H. Utada , H. Toh, N. Tada, M. Ichiki and T. Matsuno, 1-D electrical
conductivity structure beneath the Philippine Sea: Results from an ocean bottom magnetotelluric
survey, Phys. Earth Planet. Inter., 162, 2-12, 2007.
(5)Shiobara, H., K. Baba, H. Utada and Y. Fukao, Ocean Bottom Array Probes Stagnant Slab
Beneath the Philippine Sea, EOS, Trans. AGU, 90, No. 9, 70-71, 2009.
(6)Baba, K., H. Utada, T. Goto, T. Kasaya, H. Shimizua, and N. Tada, Electrical conductivity
imaging of the Philippine Sea upper mantle using seafloor magnetotelluric data, Phys. Earth
Planet. Inter., 2010, doi:10.1016/j.pepi.2010.09.010.
(7)Utada, H., Koyama, T., Obayashi, M., Fukao, Y., A joint interpretation of electromagnetic
and seismic tomography models suggests the mantle transition zone below Europe is dry,
Earth Planet.
Sci. Lett., 281, 249-257, doi:10.1016/j.epsl.2009.02.027, 2009.
(8)Kawakatsu, H., P. Kumar, Y. Takei, M. Shinohara, T. Kanazawa, E. Araki, K. Suyehiro, Seismic
Evidence for Sharp Lithosphere-Asthenosphere Boundaries of Oceanic Plates, Science, 324, 499-
502, 2009.
(歌田 久司 − 東京大学 地震研究所 海半球観測研究センター 教授)
6.INTERMAGNET会議参加報告
INTERMAGNET(International Real-time Magnetic Observatory Network)とは、地磁気観測に携わる
研究者・技術者が集まって、地磁気観測の国際標準やデータの配布方法を策定している国際組織です。
INTERMAGNET会議は毎年夏から秋にかけて行われており、今年は2010年10月18日から10月20日の3日間
の日程でフランス・パリにて行われました。開催はパリ地球物理学研究所 (Institut de Physique du
Globe de Paris, IPGP) の協力のもと、つい最近建物を建て替えたところの真新しい部屋で行われま
した。この研究機関は、パリ郊外のChambon-la-Foret (シャンボラフォレ、IAGAコードはCLF) 観測所
をはじめとして世界中の8地磁気観測所を運営しています。
INTERMAGNETの内部組織は、次の4つに分けることができます。(1) 全体の意思決定を行うEXCON
(Executive Council)、(2) 実務を担当するOPSCOM (Operations Committee)、(3) 実際に地磁気の
観測を行う100余か所のIMO (INTERMAGNET Magnetic Observatory)、(4) IMOから地磁気データをリアル
タイムで受け取り、その処理を担当する6か所のGIN (Geomagnetic Information Node)。中枢組織である
EXCONとOPSCOMはそれぞれ4名・10名の委員からなっており、主にヨーロッパと北米の地磁気観測関係機
関のスタッフが任命されています。アジアから中枢組織への参加は日本だけで、私がOPSCOM委員の任に
当たっています。また、GINは6か所のうち2か所が日本 (NiCTと京都大学)に設置されており、担当範囲
のIMOからのデータを受け取って世界に向けて再配布するための業務を行っています。
このように、INTERMAGNETには多くの人員・観測機関・時間が投入されており、世界中の観測所から或る
一定基準以上の質を持つ地磁気観測データを長期間に亘って生み出していくことに大きな役割を果たして
います。
今回の会議で大きな議題となったのは、Quasi-Definitive Dataの収集・配布方法についてでした。
Quasi-Definitive Dataとは、データの取得後、すぐにベースラインの補正を行って公開するための、科学
解析にも使えるレベルのデータです。ベースラインは過去3ヵ月以内のデータから決めたものを用い、精度
としては、後日算出されるDefinitive Dataとの差が1カ月平均で5 nT以下であることが求められています。
Quasi-Definitive Dataを導入する大きな理由は、ヨーロッパで近々打ち上げる予定のSwarm衛星ミッショ
ンとの連携のためです。以上のような精度・手間が求められているのにも関わらず、事前調査では数多くの
IMOがQuasi-Definitive Dataの提供が可能である返事をしていたことは、わたしにとって少なからず驚き
でした。世界各地の地磁気観測所では専門家によりきちんとした観測が行われていることを実感した時でし
た。また、これは数年前からずっと議論が続いていることですが、1秒値データの品質基準やその配布方法
についても議題にのぼりました。現在の目標基準は、分解能1 pT、ノイズレベル10 pT以下、時刻精度10 ms
以内ということになっています。分解能が1pTということから、従来のIAGA 2002フォーマットでは記述する
ことができない (IAGA 2002フォーマットは小数点以下2桁まで) ため、CDFフォーマットを試用するという
話し合いがなされました。その他、IMOへの応募状況が紹介され、OPSCOMによる審査の結果、新たに9観測所
が加入することになりました。
次回の会議はIUGGに合わせて、オーストラリア・キャンベラのオーストラリア地球科学研究所(Geoscience
Australia) で2011年6月ごろに行われることになっています。
2日目の会議終了後には、Chambon-la-Foret地磁気観測所への見学ツアーが開催されました。パリから車
で約2時間の場所に位置しており、森の中の緑あふれる美しい観測所です。変化計室・絶対観測室以外にも
磁力計較正室・実験室などが揃っており、ここで磁力計の開発なども行っているそうです。敷地の入り口に
は博物館顔負けの「地磁気紹介施設」があり、一般啓蒙活動にも力をいれているようでした。
<写真1:真新しいパリ地球物理学研究所 <写真2:パリ郊外のChambon-la-Foret
(Institut de Physique du Globe de Paris, IPGP) (シャンボラフォレ、CLF) 観測所の正面玄関。>
で開催されたINTERMAGNET会議の様子。>
(能勢正仁)